デート代600円
概要
以前の記事でモンゴル旅行の話をした。 今回の記事はその旅行に向けてパスポートを取った時の話である。
2024年当時はパスポート申請の手続きがオンラインで完結せず、受け取りは対面で行う必要があった。 京都駅ビルのパスポートセンターまでは自転車で30分もかかった。 5月中旬なのに蒸し暑い日だった。 窓口まで行って初めて、14,000円分の収入印紙と2,000円の手数料で合わせて16,000円を支払わなければならないことを知った。 しかも現金のみの対応だった。 当時の僕はなぜかキャッシュカードを携行しておらず、財布には14,000円しか入っていなかった。 しかし残り2,000円のために自転車で往復1時間と駐輪料金200円を浪費するのはどうしても避けたい。 あなたならどうしただろうか。
僕が考えたのは「電子マネーを現金化する」という方法だった。 京都駅ビルではたくさんの人がお土産を買っているので、2,000円以上買いそうな人に声をかけて電子マネーで肩代わりして、現金で同額を手渡して貰えば2,000円分の現金が手に入る。 この作戦の唯一にして最大の問題は、相手から見たらマネーロンダリングみたいで怪しいということだ。
しかし他の選択肢はなかった。 意を決してまずは優しそうなおじさんに事情を説明したが、老獪なるおじさんは曖昧に濁してどっかに行ってしまった。 次はカップルの男のほうに声をかけた。 彼女の前で優しいところを見せようとするのを期待していたが、電子マネーしか持っていないということで断られてしまった。 縋る気持ちで別の土産物屋に行くと、修学旅行の高校生たちがいた。 修学旅行なら2,000円以上買うだろうし、高校生なら世間知らずだから引き受けてくれると思って、一番手前の人に声をかけた。 その人が振り向いた瞬間に、しまった、と思った。 ものすごい美少女だったのだ。
話しかけて通報された場合、相手が美人の方が罪が重くなるような気がする。 かといって声だけ掛けて立ち去るのも不審なので、仕方なくその人に経緯を説明することにした。 僕が話す間、その人はこっちの目をしっかり見ていた。 一度見たら忘れないような顔だった。 僕は通報されないかヒヤヒヤしていたが、相手は美人のくせに優しく了承してくれた。
というわけで二人で店内を周って、僕が持った買い物カゴにその人が商品を入れていった。 2,000円分は買っただろうというところで僕がレジに行こうとすると、「やっぱりこれも買います」とか言ってちょっとしたお菓子をさらに入れた。 このとき二人で笑い合って、僕は内心デートみたいだな、と思った。 会計の2,600円を僕が電子マネーで払って、その人には2,000円で結構ですと言って現金を受け取った。 うぶな高校生にはそれが嬉しかったようだった。 通報されないうちに、余計な会話をせずに去った。
こうして僕はパスポートを無事に入手して、おまけに600円で美少女とデート(?)ができた。 なんというラッキーだろう。 今となってはあの人が寸借詐欺に引っかからないことを願うばかりだ。
この話を書こうと思ったのは ナショナル・ストーリー・プロジェクト という本を読んだからだ。 この本にはラジオリスナーから寄せられた「すべらない話」が収録されている。 上の話も結構すべらない話だと思っていたが、文字にすると気持ち悪くなってしまった。
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